「もしかして、?」

週末の金曜日。疲れた身体を引きずって家路へと急ぐ波の中、誰かに左腕を掴まれては足を止めた。振り返ると、そこにはスーツ姿の男が立っている。まじまじと此方を見つめる男には見覚えがあった。随分と久しぶりに見たその顔は、あの頃よりずっと大人びていたけれど、それでもの知る面影は十分に残している。

「花巻…だよね?」

「おう、久しぶりだな」

目を細めて笑った花巻は、の高校時代の友人だ。選手とマネージャーという立場の違いはあれど、3年間バレー部で一緒に汗を流した仲間である。高校卒業直後こそは、他の仲間も交えて遊ぶことも頻繁にあった。しかし、新しい環境や多忙が重なるにつれて段々と疎遠になってしまい、今日の偶然の再会は実に4年ぶりだった。

「せっかく会ったんだし、時間あるならちょっと飲まない?」

あの頃と変わらない笑顔を浮かべて、花巻がクイッと右手を口元で動かす。そんな彼に懐かしさを感じながら、はゆっくりと頷いた。





◆ ◆ ◆




「じゃ、久々の再会にカンパイ」

近場のチェーン居酒屋に腰を落ち着けた二人は、冷えたビールジョッキを合わせて再会を祝った。ビールとともに適当につまみを注文した花巻が、ごく自然にの好きな枝豆とホルモン焼を頼んでくれたことに、なんだか嬉しくなる。

は今、なにしてんの?」

「薬剤師。花巻はデザイン会社だったっけ?」

「おう。俺まだ30なのに、社内じゃ完全にオッサン扱いされてる」

「それ分かる!でも、新人と話してるとジェネレーションギャップ感じるし、仕方ないのかも」

お互いの近況報告に仕事の愚痴、高校時代の思い出。4年ぶりの再会だったが、二人の間には時間など障害にならなかったようで、話は尽きることがない。それとともにお酒もすすみ、の赤くなった頬を見て花巻がケラケラと笑った。

「つーかさ、渡が結婚したの知ってる?」

「うん。私ら全員、先越されちゃったね。花巻もそろそろ結婚したら?」

先日、高校時代の一つ下の後輩から結婚報告の連絡を貰った。おめでたいことだけれど、あの可愛かった後輩が家庭を持つなんて、ピンとこないのが本音だ。そう笑いながらのんびりとワインを喉に流し込むに、花巻は少し真面目な表情を作った。

「俺のことはいいんだよ。それより、お前は?」

「残念ながら独身だし、彼氏もいません」

キッパリとそう言って、は運ばれてきた熱々のホルモン焼を自分の皿によそった。花巻には自分でやれとばかりに鉄板を押しやる。これが合コンなら率先して取分けもするだろうが、相手は旧知の仲だ。花巻もの性格を知り尽くしているからか、それに関しては何も言わない。それよりも、彼は先程のの言葉の方が気になっているようだった。

さ、まだアイツのこと忘れられないワケ?」

「…痛いとこつくね」

ジッとこちらを見つめる花巻から視線を逸らし、は思い出すように苦笑して残っていたワインを一気にあおった。

花巻が言うアイツとは、が高校時代から付き合っていた恋人のことである。チームメイトだった彼を花巻はよく知っているし、がどれだけ彼を好きだったかも知っている。しかし、とその彼の関係は4年前に終わってしまっていた。外資系の商社へ就職して2年後に海外栄転となり、アメリカへ渡った彼との物理的な距離に、は耐えられなかったのだ。

彼との関係が終わった後、にも様々な出会いがあり、数人の男性からアプローチを受けたこともあった。もちろん、彼らも魅力的だったのだが、の中には未だ彼を好きだという想いが渦巻いていて、結局はうまくいかなかった。

過去の恋愛をいつまでも引きずっていてはいけないと頭では分かっている。周りの友人たちが次々と結婚していく現実に焦りがないわけでもない。しかし、心が追い付かないまま、今に至ってしまっていた。

「国見さ、日本に帰ってくるって」

「……え」

花巻の言葉に、は次は何を飲もうかとメニューを捲っていた手を止める。驚いて顔を上げると、花巻は至極真面目な表情をしていて、それが冗談ではないことを物語っていた。国見が帰ってくる。そう聞かされて、の頭は一気に混乱する。高鳴る心臓と、苦しくなる呼吸。会いたいけれど――。

「会いたくない…」

「なんで?」

「もし英から金髪美人と結婚しますなんて言われたら、どうすんの!私、素直におめでとうなんて言えないよ…」

あれから4年も経っているのだ。がそうであったのように、その短くない期間に国見にも様々な出会いがあっただろうし、その中には彼のハートを射止めた女性もいるに違いない。こちらは未だ彼への想いを断ち切れずにいるのに、国見の隣に立つことを許された自分以外の女性がいるという事実を受け入れられるほど、はあの恋を昇華できていなかった。

「ちょっとトイレ行ってくる…」

いろんな感情がグルグルと身体の中を巡って、思わず涙が出そうになる。久しぶりに会った旧友にこんな自分を見られたくなくて、は花巻の顔を見ずにそう告げると、足早に化粧室へと消えていった。