は強い人間だ。要領がいいから多少のオーバーワークは難なくこなすし、感情コントロールに長けてどんな相手にも愛想がいいから人望も厚い。学生時代からその片鱗はあったが、社会人になってからは更に磨きがかかっている。そんな彼女は社内での評価も高く、他課にいる赤葦にもその噂が届いている。大きな仕事を任せられることもあるようで、いわゆるデキる女というやつだ。
その一方で、は甘え下手だった。というより、大抵のことは自分で出来てしまうから、頼られることはあっても頼ることがない。もちろん愚痴をこぼすことはあるけれど、弱音なんてほとんど聞いたことがなかった。
『あいたい』
だから、人に甘えることをしない彼女からそんなメッセージが届いたとき、赤葦は先輩からの飲み会の誘いを断ってでも、急いでの自宅へとやって来たのだ。玄関のチャイムを鳴らすと、しばらく間があってからドアが開く。いつもなら満面の笑みで迎え入れてくれるのに、扉の向こうから現れたは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
(これは相当ヤバいな)
これまでにが弱ったところを見たことがないわけではない。だけど、それはいつの間にか彼女自身で乗り越えていたから、赤葦は今の今まで勘違いをしていた。は強いから大丈夫だと。
「……っ、京治」
部屋に入るなり、赤葦の背中に顔を埋めてしまった彼女。震えているのは、もしかしたら泣いているのかもしれない。
「?」
できるだけ優しい声で話しかけながら、背中に張りついた彼女の拘束を解いてソファーに座らせた。は下を向いたまま、ゆるく首を振る。赤葦は、そんな彼女の髪を梳くように撫でながら、どうしたものかと考える。自身で処理できないくらいにいっぱいいっぱいになったが、自分を頼ってくれたのは嬉しかった。だからこそ、失敗はしたくない。
多分、赤葦に求められているのは愚痴や弱音を聞くことじゃない。それなら、同僚や友人でもよかったはずだ。そっとの頬に手を添えて顔を上げさせると、思いのほか抵抗はなかった。赤葦を見上げるは泣きそうな顔をしているのに、涙は流れていない。…あぁ、もしかして。
「泣いてもいいよ」
頬に添えていた手で彼女を抱きよせてそう言うと、ビクリと身体が震える。そのまま促すようにポンポンとリズムよく背を撫でれば、小さな嗚咽が聞こえてきた。
◆ ◆ ◆
どのくらい、そうしていただろうか。噛み殺すような嗚咽がだんだんと小さくなって震えもおさまった頃、腕の拘束を緩めての顔を覗き込んだ。
「…みないで」
声は掠れていたし、目は真っ赤に腫れているけれど、その声音がしっかりしていることにホッとした。顔つきも最初に見たときより随分と良くなっている。
「あ。こら、擦らないで」
目尻に溜まった涙を擦ろうとする手を掴んで、代わりにそっと指で涙を掬ってやる。そのまま、軽く瞼にキスをした。少しでも、の不安が和らぐように。
「…聞かないの?」
遠慮がちにがポツリと呟いた。涙の理由が気にならないといえば嘘になる。だけど、が話したくないのなら、それでもいいと思った。誰にも見せない涙を、こうして赤葦の前だけで流してくれただけで十分だ。強がりで負けず嫌いな彼女が、自分だけに見せてくれた脆さを大切にしたい。
「が話したくなったら聞かせてよ」
「…優しすぎるよ、ばか」
そう言って弱弱しくも確かに笑ったに、今度は唇にキスを落とした。
そばにいるよ