謎の数字やアルファベットが並ぶ黒板をぼんやりと眺めながら、私は机の脇に掛けた鞄の中身に頭を悩ませていた。今朝、コンビニで購入した塩キャラメル。国見くんが塩キャラメルを好きだと知って早速手作りに挑戦してみたのだけれど、滅多にお菓子なんて作らない私がそう簡単に作れるはずもなく、あっさり挫折。結局、ネットでおいしいと評判だった塩キャラメルを購入した。

しかし、問題はここからだった。単なるクラスメイトでしかない私は、どうやって国見くんに塩キャラメルを渡せばいいのだろうか。恋の相談相手である金田一は、普通に渡せばいいと言ったが、私と国見くんは未だ「おはよう」としか会話を交わしたことがない間柄だ。というか、「おはよう」ですら緊張する私が“普通に”塩キャラメルを渡すなんて、難易度が高すぎる。先生の説明を右から左へ聞き流しながら、どうしたものかと考えていると、ふと視線を感じて顔を上げた。目が合ったのが国見くんだったなら、どんなによかっただろう。残念ながら、私に視線を注いでいたのは壇上に立つ教師だった。

「じゃあ、問5の答えは?」

「…え、えっと」

指名されて立ち上がってはみたものの、授業なんて聞いていなかった私に問5の答えなんて分かるわけがない。そもそも、問5ってどこの?何も書かれていない真っ白なノートに視線を落としながら、素直に「分かりません」と答えるしかないと腹をくくったとき、隣からトントンと軽い音が聞こえた。

ちらりと視線をやると、隣の席の国見くんが自分のノートを広げて一点を指差している。え、それってもしかして。混乱する私に先生が答えを催促するものだから、ほとんど反射的に私は国見くんの指先にある文字をそのまま口にした。

「…ルート3です」

「正解。この問題はテストに出るから、ちゃんと復習しておくように」

満足そうな先生の許可が下りて私が席に着くと、国見くんは先程ことなどなかったかのように眠そうな瞳で黒板を見つめていた。一方の私は、今起こった出来事に混乱している。だって国見くん、私を助けてくれたんだよね…?込み上がる嬉しさと恥ずかしさに内心悲鳴を上げながら、はたと思いついた。これって、塩キャラメルを渡す絶好のチャンスじゃない!

「く、くにみくん!」

授業の終わりを告げる鐘が鳴った瞬間、私は意を決して国見くんに話しかけた。不思議そうにこちらを見る国見くんに、自分の頬が熱くなるのが分かる。教室のざわめきが遠くに聞こえる気がした。

「あの、さっきはありがとう!」

「さっき…あぁ、別に大したことしてないけど」

「でも助かったから。それで、あの、コレよかったら食べて?」

そう言って、今朝買ったばかりの塩キャラメルを国見くんに差し出す。すると、彼はちょっと目を見開いて私の手の中にある塩キャラメルを見つめた。しかし、受け取る気配が一向にない。まさか、塩キャラメルが好きってガセネタ?

「もしかして、塩キャラメルきらい?」

不安になってそう尋ねると、国見くんはいや、と頭を振った。そうして、私の手の中の塩キャラメルを攫っていくと、ふんわり笑って言った。

「すげー好き」





◆ ◆ ◆




「でね、国見くんが“すげー好き”って…!」

「わかったから、ちょっと落ち着け」

あの衝撃的な一言に耐えきれなかった私は、すぐに金田一の元を訪れて一部始終を報告していた。興奮気味に話す私を、金田一が宥める。落ち着けって、そんなの無理に決まってるじゃない。だって…!

「国見くんが、私に好きって言ったんだよ!?」

「いや、にっていうか、塩キャラメルにだろ」

金田一から冷静なツッコミが入るが、そんなの気にならない。国見くんの声で「好き」って単語を言われたことが重要なのだ。それも、めずらしい微笑みつき!

「あぁ、あのとき動画撮ってればよかった!」

本気で悔しがる私に、金田一は「授業中にムリだろ」と呆れたように呟いた。まぁ、動画は撮れなかったけど、私の脳内メモリーにはバッチリ保存されている。思い出しては緩む頬を押さえて、私は金田一に向き直った。

「ね、国見くんの好きな女の子のタイプ教えて!」

「いや、知らねーよ」

「クラスの誰がかわいいとか、そういう話するでしょ?」

私の質問に、金田一は困ったように視線を泳がせた。これは、そういう話してるな。でも言えないってことは…

「もしかして、国見くんって巨乳好き?」

「いや、手に収まるくらいがいいらしい…って、何聞いてんだよ!」

やっぱり、そういう系だったか。でも、国見くんが巨乳好きじゃなくてよかった。もしも巨乳好きだったら、悲しいけれど私は応えられないから。こっそり安堵する私の前で、金田一は顔を赤くして頭を抱えていた。純情少年め!

「まぁ、その話はおいといて。国見くんが好きな髪型ってどんなのかな?」

「好きな髪型?」

「長いのと短いの、どっちが好きだと思う?」

そろそろ美容院に行こうと思っているけれど、どうせなら彼好みにしたい。国見くんがショートカット好きなら、思い切って切るものアリだ。そう思って金田一に聞いてみたけれど、さすがにそれは知らないらしかった。仕方ない。国見くんの好きなタイプが分からない以上、いつでも対応できるように今のままをキープしとくか。

「国見の好きな髪型は知らねーけど、普通に考えてキレーな髪がいいよな」

「よし、念入りにトリートメントしてくる!」

一般的な男の子の意見として述べた金田一にガッツポーズをして、私は教室へ戻るべく席を立った。早速、予約しなくっちゃ!








         Step2:塩キャラメルの魔法