あの夢のような帰り道をきっかけに、私と国見くんの距離はぐっと近くなった。朝の「おはよう」は緊張せずに言えるようになったし、休み時間に塩キャラメルをねだられたり(塩キャラメルは私の必需品と化している)、授業中には睡魔に負けてしまった国見くんを起こしたりすることもある。ちなみに、国見くんの寝顔は少し幼くて可愛かった。
そんな日常を手に入れた私は、土曜日の午後だというのに制服を着て学校へ来ていた。足を向けたのは体育館。すでに部活は始まっているらしく、体育館の中からは掛け声とボールの弾む音、シューズの擦れる音が聞こえてくる。
そう、私は国見くんの部活を応援に来たのだ。勇気を出して国見くんに応援にいきたいと言ってみたら、彼は少し驚いたようだったけれど、「差し入れ忘れるなよ」と言ってくれたのだ。もちろん、差し入れの王道であるレモンの蜂蜜漬けは、右手の保冷バッグに入って準備万端。ちゃんと、お母さんに味見もしてもらったから安心である。
少し緊張しながら体育館の扉を開けると、そこはまるで別世界だった。滴り落ちる汗、飛び交う声、真剣なまなざし。彼らがバレーボールに真摯に向き合っているのだということを肌で感じるほどの熱気と緊張感。体育館に足を踏み入れた瞬間、それに圧倒されたものの、私は気合いを入れ直して二階の応援席への階段を駆け上がる。階段を昇り切ったところで、私はまたも圧倒された。噂には聞いていたが、初めて目にするとやはり驚いてしまう。
「「「及川さーん、がんばってー!」」」
応援席には、及川先輩(名前思い出した)を応援する女子生徒であふれかえっていた。時折こちらに向かって爽やかな笑顔で手を振る及川先輩が、さらに彼女たちを興奮させる。私は彼女たちの邪魔にならないように素早く後ろを通り抜けて、及川先輩のファン集団から死角になる席に座った。
ようやく一息ついたところで、及川先輩のよく通る声が「サーブ!」と告げた。階下を覗いてみると、お揃いの練習着を着た選手たちがコートの一番端のラインにずらりと並んでいる。そして、一斉にサーブを打ち始めた。ネットの上ギリギリを物凄いスピードで通過していくボール。あんなの、当たったら絶対痛い。
ふと、コートの左側の向こうから4人目の選手が私の視線を奪った。国見くんだ。二階から見る彼らは遠くて、同じ練習着を着ているし、顔もはっきり見えないけれど、その彼が国見くんだということには何故か自信があった。まるで、舞台の上でスポットライトを浴びているかのように、国見くんだけが輝いて見える。
きっと、これは私が国見くんに恋をしているから。そう思ったら、心臓がぎゅっとなって、なんだか恥ずかしくなる。ドキドキとうるさい心臓を押さえつけて、私は国見くんの姿を見失わないように、応援に集中しようと背筋を伸ばした。
◆ ◆ ◆
「国見くん!」
「」
練習が一段落したところで、私は保冷バッグを抱えて国見くんの元へ走り寄った。後ろから声をかけると、国見くんがタオルで汗を拭いながら振り返る。
「私、バレーって初めて生で見たけど、すっごい迫力だね!びっくりした!」
部活を見た感想を早口でまくしたてると、国見くんがクッと小さく笑った。その笑顔に私の心臓がまたうるさく騒ぎ出す。
「、興奮しすぎ」
「だって、国見くんが本当にかっこよかったから」
一瞬の間。目を丸くする国見くんに、自分が何を言ったのか自覚して、一気に顔が赤くなるのが分かった。国見くんにかっこいいって言っちゃった!いや、かっこいいのは事実なんだけど、こんなの告白したのと変わらないじゃない…!
「あの!これ差し入れ!!」
恥ずかしさを隠すように、持っていた保冷バッグを国見くんに差し出す。バッグが手の中から攫われて、顔が上げられない私の頭上から「サンキュ」と柔らかい声が降ってきたかと思ったら、ポンと頭に軽い衝撃。そっと視線を上げると、国見くんが私の頭に手を添えていた。
「中身なに?」
「え、あ…「お!国見ってば差し入れもらってんの?しかもレモンの蜂蜜漬けじゃん!俺、好きなんだよねー」
頭ポンってされた!とパニックになってすぐに答えられずにいたら、バレー部の先輩らしき人がやってきて、レモンの蜂蜜漬けが入ったタッパーを覗き込んだ。そして、先輩がタッパーの中身に手を伸ばす。あぁ…せめて一番最初は国見くんに食べてもらいかったのに…。
「これ、俺のなんで」
そんな私の願いを知ってか知らずか、国見くんは伸びてきた手から逃れるように、タッパーを先輩の反対側へと移動させた。ポカンとする先輩と涼しい顔の国見くんとの間に沈黙が下りる。やがて、先輩はニヤリと笑って私を見ると、とんでもない言葉を言い放った。
「この子、国見の彼女?」
か、かのじょ!?そんな恐れ多い!驚きで声も出ない私は頭の中で絶叫しながらも、一体国見くんが何と答えるのか気になって仕方がない。きっと、私たちはただのクラスメイトで友達なんだろうけど、ほんの少しだけ期待してもバチは当たらないよね…?
先輩の問いに一瞬考えた後、国見くんはチラリと私を見た。見上げる私と目が合ったかと思うと、なんだか意地悪そうな笑みを浮かべて。
「まぁ、寝顔を見られたりする仲ですね」
いや、確かに寝顔見たことあるけど、それって授業中の居眠りじゃない!ほら、先輩ニヤニヤしてるし、絶対勘違いしてる。すぐに誤解を解こうとしたけど、ちょうど「休憩おわり〜」なんて声が響いたものだから、弁明するタイミングを逃してしまった。コートへ走っていく先輩の後を追って、国見くんもレモンを一切れ口にくわえて、練習に戻っていく。コートへ戻る直前に、「帰り送るから校門で待ってて」と言い残して。
(…国見くん、ずるい)
私は、沸騰するような感覚を抱えて応援席に戻った。きっと、私の心臓は今日一日ずっと大忙しなんだろう。こんなにドキドキさせて、私のことを心臓麻痺で殺す気なんじゃないだろうかなんてバカなことを考える。顔の熱が収まらないままコートを眺めると、やっぱり国見くんの姿は一瞬で見つけられた。イケメンの先輩がいようと、同じ練習着の選手が集まっていようと、私の視界の中で彼はずっとスポットライトを浴びている。
Step4:スポットライト