俺がと出会ったのは、中学一年のとき。たぶん教科書の貸し借りとか日直とかそんな些細なきっかけで、ただのクラスメイトから友人となり、それから中学三年間同じクラスだったこともあって、高校生になった今も俺と彼女は友人だ。
はとても平凡だ。及川さんのファンのように化粧した派手なタイプではないし、かといってクラスの隅っこにいるような地味なタイプでもない。顔立ちも性格も成績も至って普通。ただ、笑いたいときに笑って泣きたいときに泣くような素直さと、クルクル変わる表情は見ていて可愛い思う。(ちなみに恋愛感情はない。)
そんなが今、俺の前で涙を我慢している。今にも泣き出しそうなくせに、唇を噛んで震えている。表情豊かな彼女がこんな顔をしているのを見るのは初めてで、どうしたらいいか分からない。オロオロと一人焦る俺にが呟いた。
「金田一…私、失恋しちゃった」
「…は?」
には中学から片想いしている相手がいる。そいつは俺のチームメイト兼友人だ。国見英。マイペースで面倒くさがりで(はクールと言い張っている)、だけどバレーは上手いし、やるときはやるし、なんだかんだでいいヤツだ。
そんな国見に片想いしていたは、青城で同じクラスになったのをきっかけに話すようになって、最近は随分仲良くなっていた。このまま、の想いは成就するんじゃないかとさえ思っていた。だって、あの面倒くさがりの国見がを家まで送ったり、騒がしくされるのは嫌っていたはずなのに部活の応援に来るのを許したりするなんて信じられなかった。それなのに失恋?
「何があったんだよ?」
の話はこうだ。
昼休み、自動販売機で飲み物を買った後、近道をしようと滅多に人が通らない校舎裏を歩いていたら、その陰に国見がいた。声をかけようと思ったが、そこには国見の他にもう一人いた。それは三年生の女子生徒で、彼女は背伸びをして真正面から国見の首に腕をまわして――。
「キレイな人だったな…」
力なく笑いながらそう言って、はまた唇を噛みしめる。いつもみたいに素直に泣けばいいのに、それをしない彼女は痛々しかった。
「金田一、これまで色々相談に乗ってくれてありがとう」
「このまま諦めんのかよ?」
がこれで終わらせようとするから、思わずそう言ってしまった。だって、国見のに対する態度は明らかに普通とは違う。三年生の女子とのことだって、何かの間違いかもしれないのに。そもそも国見にカノジョができたら、及川さんあたりがからかいそうなモンだし。
「だって、あんなトコ見ちゃったら、もうどうしようもないじゃない…!」
だけど絞り出した声とついに零れた涙に、それ以上は何も言えなくて、ただ俺はの頭をゆっくりと撫でるだけだった。
◆ ◆ ◆
「金田一。お前、と付き合ってんの?」
「はぁ!?」
そんなことがあった翌日の部活の休憩中、国見がとんでもないことを言い放った。ドコをどう見たらそうなった!?
「じゃあ、昨日のは何?頭撫でてたろ」
「…いや、あれはちょっと」
どうやら昨日の場面を見られていたらしい。内容が内容なだけにはっきり言えずに濁したら、それはそれは眉間に皺を寄せて不機嫌になる国見。ほら、やっぱり国見にとってはただのクラスメイトじゃない。
「それに今日、の目腫れてたんだけど」
まるで俺が泣かせたとでも言いたげに非難するような視線を向けられた。原因はお前だよ!と叫びたくなるのをグッと堪える。
「あー…、失恋したらしいんだよ」
「失恋?」
意味が分からないという顔をする国見は、たぶんに好かれてるって分かってる。俺がの気持ちを伝えるわけにはいかないけど、誤解が原因でこんな結末はあんまりだから、ほんの少しだけ。
「昨日、校舎裏で好きなヤツが女子と一緒にいるとこを見たらしい」
そう告げると、国見は苦々しい表情で「あれは向こうが勝手に…」と呟いた。やっぱり、例の女子はカノジョではなかったようだ。この事実を早くに知らせてやりたいけれど、それはきっと俺の役目じゃない。あとは見守るだけだ。何かを考え込む国見の肩を叩いて、俺は先に練習に戻ることにした。
(恋愛相談もこれで終わりだな〜…)
なんとなく寂しいような気持ちになりながらも、が笑えるならいいかと思いっきりボールをネットの向こう側へと打ち込んだ。
Step5:失くした恋の行方