三年間温めてきた私の片想いは、あっけなく散ってしまった。国見くんに彼女がいるなんて知らずに、あいさつを交わしただけで、帰り道を送ってもらっただけで舞い上がっていた私はなんて滑稽だったんだろう。だけど、あの瞬間は確かにしあわせだったのだから、国見くんはずるいと思う。

正直、今すぐに国見くんへの想いを断ち切れるほど、私の三年間は軽くない。叶わないと知っていても、もう少しだけ国見くんを想っていたい。だから私は、彼の前ではいつものように笑うのだ。





◆ ◆ ◆




「国見くん、おはよう」

今では緊張せずに言えるようになった朝の一言。「おはよう」と返事してくれる国見くんにときめく心臓はどうしようもない。本当に彼を諦められる日は来るのだろうかと、我ながら呆れてしまう。

「……?」

すると、いつもはホームルームが始まるまで机に伏せて寝ている国見くんが、ジッとこちらを窺っていることに気付いた。自然と赤くなる頬を両手で押さえて、チラリと視線を向けてみたら、バッチリと目が合ってしまった。

「あの、国見くん…?」

目が離せなくて、でも見つめあったままは恥ずかしすぎる。そこで恐る恐る話しかけてみたら、国見くんはいつものぼんやりとした眼差しのまま、だけど心なしか早口で言った。

「明後日さ、練習試合あるんだけど見にくる?」

「…え」

まさかのお誘いに一瞬喜びそうになったけれど、すぐに一昨日の光景が脳裏に浮かび上がった。ノコノコと応援に行った私が、恋人と寄り添う国見くんを見てどう感じるかなんて嫌でも想像できてしまう。まだ瘡蓋にもなっていない失恋の傷をより深くするだけに決まっている。それを分かっていて応援に行けるほど、私は強くないから。

「…ううん、行かない」

「なんで?」

まさか理由を問われるとは思っていなかった。でも、“国見くんが彼女と居るところを見たくない”だなんて言えない。もちろん、あの場面を見てしまった後ろめたさもあるけれど、それを口にしてしまったら二人の関係を認めなくちゃいけないような気がして。往生際が悪いのは重々承知しているけれど、今の私にその事実を受け止めるだけの余裕なんてなかった。黙り込んで俯く私に、国見くんが更に追い討ちをかける。

「俺はに見にきて欲しいんだけど」

ねぇ、それはどういう意味なの?私はあなたを諦めなくちゃいけないのに、どうしてそんなことを言うの?訳が分からなくて、気持ちがグチャグチャになっていく。顔を上げて国見くんと目を合わせたら、彼は驚いたように目を見開いた。きっと、私は今とても情けない顔をしている。だけど、はっきり言わなくちゃいけない。

「私、国見くんのこと好きなの。だから…応援には行けない」

国見くんを困らせるだけだからと必死に我慢していた言葉も涙も同時に零してしまった。あぁ、言うつもりも泣くつもりもなかったのに。せめて涙だけでも拭おうと目元にやった右手は、途中で伸びてきた国見くんの手に捕まってしまった。こんな状況だというのに、触れられた手に一気に呼吸が苦しくなる。そんな私を立ち上がらせて、国見くんは教室の扉へと向かう。

「え、ちょっと国見くん!どこ行くの!?」

私と同じように突然の出来事に驚くクラスメイトの視線に見送られて、国見くんは疑問に答えることもなく、教室を出て廊下を進んでいく。ホームルームが始まるチャイムが辺りに響くけれど、国見くんにそれを気にする様子はない。そんな彼に連れられるまま、ようやく辿り着いた人気のない廊下で立ち止まったかと思うと、私の身体は温かいものに包まれた。

ダイレクトに耳に届く心臓の音、背中にまわされた腕、全身で感じる体温。国見くんに抱きしめられている。そう認識した途端、カアッと全身が熱くなった。

「っ、はなして!」

こうして国見くんに抱きしめてもらえる資格が私にはないのに。なんとか腕の中から抜け出そうと国見くんの胸を押してみるけれど、バレー部で鍛えている彼の身体はびくともしない。それどころか、さらに腕に力を込めてきた。

「なんでっ、こんな…!」

「泣かせるつもりはなかったんだけど…こうされるの嫌?」

意地悪な質問だ。私はさっき国見くんのことが好きだと告げたばかりなのだから、そんなの聞かなくても知ってるくせに。必死に嗚咽をもらさないように唇を噛みしめるけど、ボロボロと零れる涙だけはどうしようもなかった。それに気付いた国見くんが、少しだけ腕を緩めて私の顔を覗き込んでくる。ひどい顔を見られたくなくて下を向こうとしたら、国見くんの大きな手が私を両頬に添えられて、上を向かされた。歪む視界に国見くんだけが映る。

「あのさ、俺ものこと好きなんだけど」

「……うそ」

「嘘じゃない」

そう告げる国見くんの目は真剣で、何を信じたらいいか分からなくなる。だけど、一昨日のあの場面は見間違いなんかじゃないから。言いたくなかったけれど、腹を括って「だって一昨日の…」と呟くと、国見くんは「あぁ」と納得したような顔をした。

「アレは向こうが勝手にしただけだし、が心配するようなことは何もない」

「じゃあ…あの人は彼女じゃないの?」

「俺が彼女にしたいって思ってるのはなんだけど」

だんだんとハッキリする視界と頭の中で理解したのは、あの三年生が彼女ではないことと、国見くんが私を彼女にしたいって言ってくれたこと。…ん?ちょっと待って。国見くんが私を彼女にしたい?っていうか、国見くんが私のこと好きだって言わなかった?

?」

固まった私に怪訝そうに声をかける国見くん。混乱しすぎて何を言ったらいいか分からないけれど。

「あの…私、国見くんが好き!」

廊下に響き渡った告白に、国見くんは小さく吹き出してまた私を抱きしめた。戸惑いながらも、私も国見くんの背に腕をまわしてみる。二度目の抱擁は、先ほどよりも高速で心臓が音を刻んでいた。