私・は、国見英くんとお付き合いすることになりました。
「国見くん!部活おつかれさま!」
私の声に微笑んで応えてくれる国見くんが、最高にかっこいい。私が国見くんの彼女だなんて今でも信じられないけれど、金田一も「よかったな」って言ってくれたし、こうして国見くんと並んで帰るのが日常になっているのだから、夢じゃないんだ。いつかのように、見上げれば国見くんの顔があって、今日の部活であったことを話してくれる。バレーのことを話すときは、いつもより少し饒舌で楽しそうだってことは、付き合ってから初めて知ったことの一つだ。
他にも新しい発見がたくさんある。私が部活を終わるのを待っているときは校門まで走ってきてくれるような優しさとか、照れると耳が真っ赤になることとか、意外にも私の頭を撫でるのがお気に入りだとか。その一つ一つが、嬉しくて恥ずかしくて幸せだと思う。
そして今日、私は自分にとあるミッションを課した。それは国見くんと手を繋ぐこと。国見くんの話に相槌を打ちながらも、私の意識は彼の左手だ。でも、自然に手を繋ぐにはどうしたらいいんだろう。世の中の恋人たちは、一体どうやってこの難関を乗り越えているんだろうか。
「わっ!?」
どうやって手を繋ぐかで頭の中がいっぱいいっぱいだった私は、足もとの小さな段差に見事に躓いてしまった。国見くんの前で恥ずかしい!しかも咄嗟に上げた叫び声が全然かわいくない!もう少し女の子らしい声を上げられればよかったのに…。自己嫌悪に陥る私に「大丈夫?」と声をかけてくれる国見くんに頷いて、また歩き出そうとしたけれど、国見くんが動き出す気配がない。どうしたのかと彼を見ると、国見くんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
「あの、国見くん…?」
まさか、さっきのかわいくない叫び声に幻滅したんじゃ…?と不安になる私に国見くんが呟いた。
「俺なんかした?」
「え…」
「、さっきから下ばっか見て俺の方見てくれないし」
「ち、違うの!ただ、その…手を繋ぎたくって!でも、どうしたらいいか分からなくって…」
国見くんに何か勘違いさせてしまったことに焦って、思わず勢いで手を繋ぎたいと口に出してしまった。反応がない国見くんをそっと見上げてみると、呆れているかと思いきや、彼は手で顔を覆っていてその表情はよめない。だけど、隙間からのぞく真っ赤な耳が全てを教えてくれた。
「…そんなの、繋ぎたいって言えばいいだろ」
はーっと長い溜息をついた後、国見くんは私に向かって左手を差し出した。固まる私を少し笑って、国見くんの左手が私の右手を包み込む。そっとギュッと握ってみたら、国見くんの手は一瞬ビクリとしたけれど、すぐに握り返してくれた。
「ほら、帰ろ」
それを合図に、私のより大きくてしっかりした手に引かれて、歩みを再開させた。でも、どうしよう。手を繋ぐって思ってたより緊張する!告白されたときに抱きしめられたことはあるけど、あのときは必死だったから、緊張なんてしてるヒマなかったから。
私も国見くんの無言のまま、だけど、手は繋がったまま。
「あのさ」
「な、なに?」
手に集中しすぎたせいか、返事する声が裏返ってしまった。いつもなら、こういうとき国見くんはクスリと笑うのだけれど、今日はそれがない。不思議に思って国見くんを見上げたけれど、夕闇がその表情を隠してしまっている。
「俺からもひとついい?」
「うん」
国見くんがこんな言い方をするのは珍しくて、何だろうと少し身構える。それが伝わったのか、左手に少し力が込められた。
「ってよんでいい?」
…今の、聞き間違いじゃないよね!?国見くんの口からって…!いつか名前で呼んでもらえたらいいなと思っていたけど、まさかこんなに早く、それも国見くんから言いだしてくれるなんて!返事も忘れて立ち止まった私の顔を覗き込んで、「だめ?」と首を傾げる国見くんは可愛くて、また新しい一面を知った。
「だめじゃないよ、えっと…」
「あ、英くん」
言った後で自分の顔がぶわっと赤くなったのが分かった。頭の中でこっそり名前を呼んだことはあるけれど、ご本人さまに向かって呼ぶのはすごく恥ずかしい。それが伝染したかのように国…じゃなかった、英くんの頬もほんのりピンクに染まった。
「やられた…」
そう呟いた後、国見くんは繋いでない方の手で私の目元を覆った。暗くなった視界の中で、直前の英くんの表情を思い出す。
「英くんが照れてる」
「…うるさい」
いつもとは真逆の立場になんだか笑いが込み上げてきた。クスクスと我慢できずに声を上げたら、目元にあった手が移動して私の頬をつまんだ。
「いひゃい」
「…かわいいな」
そう言ってやわらかく笑う国見くんを心から好きだと思う。その彼が私の手を握ってくれて、笑いかけてくれるなんて、私はとてもしあわせだ。
今、この瞬間。
Step7:世界中の誰よりきっと