珍しく闇に包まれる前に部活が終了した日、青葉城西高校男子バレー部のスタメンとマネージャーは、学校近くにあるファミレスへと足を運んでいた。食べ盛りの男子高校生が集まっているだけあって、テーブルの上は隙間が見えないほど注文した料理で埋め尽くされている。強豪校ならでは厳しい練習でお腹を空かせた彼らは、目の前のステーキや大盛りのご飯に夢中だ。それは、このメンバーの中で唯一の女子であるマネージャーのも例外ではなかった。彼女もまた、ナイフとフォークを使ってハンバーグセットを頬張っている。

「それにしても、ちゃんよく食べるね」

これまで目の前の食事とバレーに関する話題に夢中だった及川が、ふとの食事を見て感心したように言った。添えてあったポテトを咀嚼していたは、それを飲み込んでから「そうですか?」と自分が注文した料理を眺める。メインのイタリアンハンバーグ(250g)にはポテトやコーンが添えられ、瑞々しいレタスとトマトのサラダ、コーンスープに大盛りのご飯。特に彼らと量は変わらないように思えて、は首を傾げる。

「だって、俺らと量変わんないよ?」

「ご飯大盛りにする女子も、なかなかいないしな」

少し呆れたように笑う及川に、他のメンバーも同意するように頷いている。そう言われても、は元々少食ではないし、特に部活後はお腹も空いているのだ。実際にバレーボールをやる選手たちとは比べ物にならないだろうが、マネージャーだってそれなりに体力を使うのだから。そう反論しようとしただが、次に放たれた及川の言葉にハンバーグを刺したフォークを持った左手が止まった。

「デートのときは控えないと、相手が引いちゃうカモよ?」





◆ ◆ ◆




そんなことがあった数日後。再び、はバレー部の面子とファミレスに来ていた。ただし、今回は一年生でスタメンの座を勝ち取った金田一と国見と三人である。二人が手慣れたようにメニューをめくり、それぞれ生姜焼き定食とステーキセットをオーダーする。もちろん、セットのご飯は大盛りだ。

「私、カルボナーラで」

金田一と国見の視線には気付かないフリをして、は注文を取りに来たウェイトレスにいつもとは違うメニューを伝えた。それから料理が運ばれてくるまでの間、もうすぐ行われるインターハイのことや二週間後に迫った定期テストなど、三人に話題は尽きることがない。そうして過ごすこと10分。そろそろ空腹が限界だと金田一が訴えた頃、ようやくそれぞれの料理が運ばれてきた。の前に置かれた真っ白の皿には、ベーコンと半熟玉子が乗ったカルボナーラ。半熟玉子に絡めて、はパスタをフォークに巻きつける。

「つか、それで足りるのか?」

熱々の生姜焼きを飲み込んで、金田一が不思議そうに聞いた。彼の疑問は尤もで、明らかにの食事量は普段よりずっと少ない。何せ、いつもは彼らと同じように大盛りご飯を食べているのだから。

「もちろん。それに、今日はどうしてもパスタが食べたかったの」

笑って頷いたに金田一は「ふーん」と食事を再開したが、今度は国見がジッとこちらを見ている。

「もしかしてお前、この前及川さんが言ってたこと気にしてんの?」

残念ながら、国見は金田一のように簡単に納得はしてくれなかった。それどころか、常に冷静などと言われているだけあって、カルボナーラの本当の理由も見抜いてしまっているようだ。「そんなことない」と言ってみたところで、国見は誤魔化せないだろう。だけど、素直に認めるのは何だか癪で、はあいまいに笑ってパスタを口に運んだ。その態度を肯定ととったのだろう、国見は呆れたようにを見た。

「別に気にすることないだろ」

「…だけど、他の女の子より食べる量多いのは事実だし」

あれから、は一緒にお昼ご飯を食べている友人たちのお弁当と自分のものを比べてみたのだけど、のお弁当は明らかに彼女たちのそれより多かった。それに、ファミレスに行ったら何を食べるかと聞いてみると、ほとんどがドリアやパスタとの回答で、ハンバーグセットを頼むにしてもご飯を大盛りにすると言ったのは一人もいなかった。それどころか、女の子が大盛りなんてあり得ないと笑われてしまったのだ。

「マネージャーって結構重労働だし、腹は減ってるんだろ?」

「それはそうだけど」

金田一は何が問題なのかと言いたげで、食べたいなら食べればいいと言う。だが、だって思春期の女子高生。異性の(しかも人気者の)先輩にああ言われると、気になってしまうのが乙女心だ。

「でも俺、が飯食ってるとこ好きなんだけど」

「「は?」」

何て事ないように言った国見に、金田一とは思わず同じ反応を返してしまった。国見はに告白したわけではなく、単にご飯を食べているところが好きだと言ってくれてるだけだと分かっているが、‘好き’という単語には思わず頬を赤くする。それは、金田一も同じようで、彼は顔を赤くして焦ったように国見とを見比べていた。

「お前って幸せそうに飯食うし、そういうの可愛いと思う」

今度こそ、は顔中を真っ赤にした。可愛いだなんて、これまでに男の子に言われことなかったし、国見が至極真面目に言うものだから冗談言わないでと笑い飛ばすこともできない。恥ずかしさに顔を上げられないだったが、「ほら」という国見の声にゆっくりと視線を持ち上げる。と、目の前にはフォークに刺さった一口大のステーキ。

「…な、なに?」

彼の意図が分からなくて視線を泳がせるに、国見は小さく笑って「一口やる」とステーキをの口元へと近づけた。これが所謂「あ〜ん」というやつだと認識した途端、は頭が沸騰しそうな感覚に陥った。だって、これじゃまるで…!しかし、早く食べろと急かす国見に、もはや思考回路がショートしたは、言われるがままに唇を開いてステーキをぱくりと口に入れた。

「…ん、おいしい」

咀嚼した肉は柔らかくて、とても美味しい。素直に感想を口にしたに、国見は満足そうに笑った。

「やっぱり、は飯食ってるときが一番可愛いよ」

彼がそう言ってくれるのなら、ご飯の量は減らさなくてもいいかだなんて。目の前で食事を再開した国見に心臓を高鳴らせながら、はステーキをごくりと飲み込んだ。








            いっぱい食べる君が好き