昔から、背の順で並べば後ろから数えた方が早かった。中学最後の体育祭のフォークダンスは、人数の関係で男子役を務めた。可愛い服や靴を見つけても、サイズがなくて諦めることも少なくない。友人たちはモデルみたいで羨ましいなんて言うけれど、平均身長くらいの女の子の方がかわいいに決まってる。背が高いというだけで、女の子扱いなんてしてもらえないんだから。身長169センチの私だって、少女漫画みたいなシチュエーションに憧れだってするのに。たとえば、本棚の一番上に届かなくてかっこいい男の子に助けてもらうとか――。
「これ?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
ふんわり笑って差し出された本を受け取る女の子。それは、もちろん私ではない。どちらかというと、私は本を取ってあげる方だ。身長155センチくらいの、小さくてかわいい女の子は、本を取ってくれた男子生徒を見上げて笑顔で話しかけている。あんな風に上目遣いされたら、男の子はコロッといっちゃうだろうなぁ。ただし、少女漫画のようにそこから恋が始まったら、私は失恋することになってしまう。なにせ、私の憧れのシチュエーションを見事に体現してくれた男子生徒・国見英は、私の彼氏なのだから。普段はクールなくせに、ああいう優しいところを見せたりなんかして、あの子が英を好きになったらどうするの?デカイ私よりあの子の方がずっと女の子らしくてかわいくて、きっと私に勝ち目なんてないのに。勝手に落ち込む私の心配はよそに、英は適当に女の子をあしらって、こちらへ戻ってきた。
「…なに、変な顔して」
「変な顔って失礼な!…はぁ〜私、なんでこんなに育っちゃったんだろ」
「言うほど育ってないだろ」
私の向かいに腰を下ろす英の視線が、ちょうど胸のあたりを見ているのに気付いてキッと睨みつけた。そりゃ確かに、身長に比べてコッチの成長は芳しくないけど!
「ばか、胸の話じゃなくて身長!」
図書室だからできるだけ声を抑えて、英にかみ付いた。一方の英は、鸚鵡返しに「身長?」と言って怪訝そうな顔をした。
「せめて、あと15センチ低かったらよかったのになぁ」
あと15センチ低かったなら、私の身長は154センチ。きっとフォークダンスで男子役をさせられることもなかっただろうし、好きな服を着て、ちょっと高いヒールの靴で背伸びしてみたりもできたに違いない。にょきにょきと伸びた身長のせいで、諦めざるを得なかったものたちに想いを馳せて溜息をつく。
「15センチって、せめてって言うレベルじゃないけどな」
尤もなツッコミが向かいから飛んできた。彼女が真剣に悩んでるというのに、この男は慰めるということを知らないのだろうか。鼻で笑いながら、「諦めろ」なんて言う英が憎らしい。
「でも英だって、私がデカくて嫌になることあるでしょ…?」
ずっと聞きたくて聞けなかったことを、ついに口にしてしまった。少し声が震えたことには気付いていないと信じたい。恐る恐る英を見ると、彼は不機嫌そうな顔で「じゃあ、言わせてもらうけど」と口を開いた。ビクリと肩が震える。自分で聞いたくせに、その続きを聞くのがとても怖い。
「俺は、彼女を身長で決めたりしない。そんなもの関係なくを好きになったんだけど、それじゃ不満なわけ?」
「…あきら」
「それに、俺はがその身長でよかったと思ってるけど」
「え、なんで?」
思いもよらない英の言葉に、目をぱちくりとさせる。私がデカくてよかったなんて、どういうこと?英は珍しく照れたような顔で腕を伸ばすと、私の左手をとった。
「…キスするとき、ちょうどいい位置なんだよ」
その言葉とともに、左手に柔らかい感覚。手の甲に口付けられるなんて初めてで、英のが伝染したみたいに私の頬が真っ赤に染まる。二の句が継げない私に、英は調子を取り戻したかのように、今度は指の付け根に唇を落とした。
「が平均よりデカくても、俺もデカイんだし問題ないだろ」
そういえば、ファッション雑誌の恋バナ特集にも書いてあった気がする。彼氏彼女の理想の身長差は13センチだって。じゃあ、私たちは?
「ね、英って身長何センチだっけ?」
「春に計ったときは182とかその辺だったけど」
182センチと169センチ…まさかの身長差13センチ!長年のコンプレックスが一気に解消した気がするのは、現金すぎるだろうか。だけど、これほどまでに自分の身長を誇らしく思ったことはない。急に笑い出した私を、英がヘンなものを見るような目で見ている。
「急に何」
「ふふ、私デカくてよかったなぁって!」
「…ばーか」
英はサッと周りを見渡したあと、少し身を乗り出して私の額にキスをした。たぶん、私の身長じゃなきゃ、こんな風にキスはできないんだろうな。なんだか嬉しくて、私は離れていく英を捕まえると、そっと耳元で囁いた。
「あとで、ちゃんと唇にしてね?」
あなたがちょうどいい位置と言った私の唇に、熱をください。
マイナス13cm