ひらり、と紺色のプリーツスカートが揺れる。鏡に映ったいつもとは違う自分を見て、は満足そうに笑った。

外に出て、学校へと続く通学路を歩く。青信号が短い横断歩道も看板猫がいるたばこ屋もいい匂いがするパン屋も、流れていく景色はいつもとなんら変わりない。それなのに、の気分は鼻唄でも歌いたくなるほどに上々だ。そうして足取りも軽く辿り着いた土曜日の学校には、普段の光景は見られなくて、代わりに部活動に勤しんでいる生徒たちの掛け声が遠くから聞こえてくる。みんな頑張るなぁなんて感想を抱きながらが体育館に足を進めると、掛け声に加えてキュッキュッというシューズが擦れる音と、ボールが弾む音が耳に届いた。こちらも、例に漏れず頑張っているようだ。

ひょっこりと体育館の扉から顔を覗かせると、男子バレー部はサーブ練習の真っ最中だった。きっと、この後は休憩時間に違いないと予想して、は体育館の扉に寄り掛かってその時を待つ。

「休憩〜」

程なくして、主将の声を合図にボールが弾む音が消えた。再び体育館の扉から顔だけを覗かせたは、目的の人物を探して視線をさまよわせる。

「あきら!」

タオルで汗を拭っていた国見を見つけると、は嬉しそうに彼の名を呼んだ。それに気づいた国見は、扉から顔だけを出す彼女に首を傾げる。が土曜日に練習を見に来るのは、さほど珍しいことではない。だけど、いつもなら休憩になると体育館の中へ入ってきて、差し入れをしたり簡単な雑用を手伝ったりしているのに、今日はそこから動く気配がないのだ。不思議に思いながら彼女へと近づいた国見は、その出で立ちに軽く目を見開いた。

「…なに、その格好」

「えへ、似合う?」

ひらりと揺れる紺色のプリーツスカート、白地に独特の形状をした大きな襟、胸元には赤いスカーフ。はにかんで笑う見慣れないセーラー服姿のに、国見はしばし固まっていた。

「あれ、ちゃんがセーラー服着てる!しかも、それN女学院の制服じゃない?」

突然、国見の背後から現れた男子バレー部主将である及川がキラキラと目を輝かせながら言った。一目見て、N女学院の制服だと分かる及川は流石だ。

「N女に通う友達と制服交換したんです。似合いますか?」

「うん、似合ってるよ。すっごく可愛い」

笑顔で及川に褒められて、はほんのりと頬を染めて礼を言った。及川の声に、他の部員たちも興味深そうに集まってくる。

「へぇ、着てるモンが違うだけで印象変わるもんだな」

「お〜セーラー服って新鮮。なかなか似合ってるじゃん」

注目の的となったは、少し恥ずかしくなってキュッと紺色のプリーツスカートの裾を握った。それを誤魔化すように、用意してきた差し入れのレモンの蜂蜜漬けを傍にいた岩泉に渡す。

「なんかさ、セーラー服ってエロくね?イケナイ想像しちゃうんだけど」

部員たちがあれこれ感想の述べるのをぼうっと聞いていた国見だったが、後方から聞こえてきた呟きに思わず振り向いた。少し離れたところで一年生部員がチラチラとに視線をやりながら、こそこそと話している。ぐっと眉間に皺を寄せた国見は、周りが驚くのも構わず、の腕を掴んで体育館の外へ連れ出した。

「ちょ、英どうしたの!?」

急に連れ出されたは、早歩きで進む国見の背中に問いかける。しかし、国見は返事もしないし、振り返りもしない。ほんのサプライズのつもりだったのだけれど、セーラー服を着てきたことが国見を嫌な気分にさせてしまったのだろうか。普段は優しく触れてくれる手が痛いほどの力で腕を掴んでいて、の胸にだんだんと不安が押し寄せてくる。

体育館から離れた校舎の陰で、国見はようやく足を止めた。途中から大人しくなったを振り返ると、彼女は眉を下げて情けない顔で国見を見上げていた。

「なんて顔してんの」

「だって、英怒ってる。セーラー服着てきたの、そんなに嫌だった…?」

その言葉に溜息をつくと、はいよいよ泣き出しそうな顔で「ごめんね」と謝った。

「あの、もう帰るから…腕離して」

「嫌」

国見はの腕を掴んだまま、彼女の背を校舎の壁に押しつけた。いわゆる壁ドンの状況に追い込まれたは、何が起きているのか分からず、目を白黒させる。

の馬鹿」

そう言い放って、国見はの首元に顔を埋めた。そのまま動かなくなった国見に、は小さく「あきら?」と呼びかける。それに応えるように腕を掴む力が弱まったかと思うと、今度はきゅと手を握られた。

「そういう格好するのは、俺の前だけにして。他の男に見せるな」

「……英、それってもしかしてヤキモチ?」

しばらくして顔を上げた国見は、不機嫌な表情のまま「もしかしなくても、そうだよ」と呟いた。

「及川さんに可愛いとか言われて赤くなってるのもムカツクし、お前がそーゆー目で見られてるっていうのもすげー嫌」

「そーゆー目って何?」

「…は知らなくていいよ。とにかく、俺のジャージ貸すから、それ羽織ってろ」

淡白に見えて実は結構ヤキモチ妬きな彼に素直に頷いて見せると、ようやく国見は満足したようだった。彼の機嫌が直ったことに安心したにも笑顔が戻る。

「あぁ、言い忘れてたけど」

ジャージを取りに行くため部室に向かっていた国見が、思い出したように立ち止まる。そして、首を傾げるの胸元にあるスカーフに触れると、国見はそっと囁いた。

「これ似合ってるけど、セーラー服って脱がしたくなる」








            セーラー服は機関銃