休憩時間になると、マネージャー業というのは一気に忙しくなる。もちろん練習中も洗濯したり、備品の補充やボール拾いなど仕事はたくさんあるのだが、休憩時間には選手たちにタオルとドリンクを手渡すという大仕事があるのだ。強豪校の青城男子バレー部には多くの選手が在籍しているというのに、マネージャーは一人しかいない。大人数に対して一人でタオルとドリンクを配らなければならないのだから、にとって休憩時間こそが戦場だった。

それを知ってか知らずか、タオルとドリンクを配布中のを捕まえたのは、主将の及川徹だった。内心勘弁してくれと思いながらも、上下関係の厳しい運動部で先輩に逆らうようなことはしない。しぶしぶながら、及川や岩泉、花巻、松川が輪になっている一団へと近づいた。

「なにか用ですか及川さん。私、忙しいんですけど。あ、おつかれさまです」

前半は早口で棒読みだったのに対し、岩泉と花巻、松川には微笑んで労いの言葉をかける。その対応の違いに、及川は大袈裟なくらいに嘆いてみせた。

「なんで俺に対してだけそんな厳しいの!?俺って、ちゃんのなに!?」

「何ですか、その彼女みたいなセリフ」

呆れたように呟くに及川はますます不満を募らせたようで、頬をぷくりと膨らませた。その女子のような態度に、すかさず岩泉が制裁を加える。それを見て笑っていた花巻が不意にへと視線を向けた。

「そういやって最初から及川に興味なかったよな。なんでマネやろうと思ったワケ?バレー好きだから?」

及川徹はそのルックスで女子に大人気だ。だから、及川目当てで男子バレー部のマネージャーに志願する女子は少なくない。もちろん、そんな彼女らにこの強豪校のマネージャーが務まるはずもなく、仮入部で全滅した。そんな中、このは淡々と仕事をこなし、今では必要不可欠な存在となっている。ただ、及川に興味を示さないがバレー部に入部した経緯は不明だった。

「いえ、不純な動機です。その対象が及川さんじゃないってだけで」

「え、誰!?」

の思わぬ回答に、3年生たちは一気に彼女に詰め寄った。そんな4人には恥ずかしげもなく、さらりと想い人の名を口にする。

「国見です。っていうか仕事残ってるんで、私行きますね」

残りのタオルとドリンクを抱えて、はくるりと踵を返す。一拍置いて3年生たちの「えぇ!」と驚きの声が体育館に響いた。





◆ ◆ ◆




「…国見、顔真っ赤だけど」

「うるさい」

及川らとは気付いていなかったようだが、風通しの良い体育館の出入り口で休憩をしていた金田一と国見には先ほどの会話は筒抜けだった。つまり、マネージャーのが国見に想いを寄せていることを知ってしまったわけである。当人である国見は、一旦クールダウンしたはずの身体がまた熱くなったような気がして、冷たいドリンクを喉に流し込んだ。

「おい、どうすんだよ国見!」

「…別にどうもしない」

「どうもしないって…けっこう可愛いと思うけどなぁ。もったいねー」

「……」

隣で騒いでいる金田一を無視して、国見はについて考えてみる。見た目はどこにでもいそうな普通の女子。どちらかというとサバサバしたタイプで、面倒くさい女子が苦手な国見が付き合いやすいと思える貴重な女子でもある。運動部のマネージャーをしているだけあって度胸も体力もあるけど、女子らしくお菓子作りが趣味で、たまの差し入れが実は楽しみだったりする。

そして、本当はなんとなくの気持ちに気付いてはいた。彼女と目が合う回数が多かったり、自分に向けられた笑顔が少し熱をはらんでいたり。もしかしたら、なんて思ったことも何度かある。それが今日、計らずも確信に変わってしまったわけだが。

(どうすんだ、コレ)

のことは嫌いではない。むしろ好きの部類に入るだろうが、それが恋愛感情かと問われれば分からない。ぐるぐる渦巻く感情が煩わしくて、国見は軽く左右に頭を振った。別に真正面から告白されたわけでもないのだから、今すぐ結論を急ぐ必要などないのだ。3年生たちだって、国見がの気持ちを知っていることを知らないのだから、からかわれたりはしないだろう。金田一に言ったとおり、何もしないのが一番いいのだと自身を納得させる。

「金田一、国見!休憩終わりだよ」

ちょうどその時、ひょっこりと体育館から顔を覗かせたが二人に休憩の終わりを告げた。突然の彼女の登場に、当の国見より金田一の方が動揺したらしく、ドリンクボトルを落として派手に中身をぶちまけた。

「何やってんの。ほら、ここは私が片付けておくから、早く練習に戻って」

「わ、わるい!」

アワアワと謝罪しながら体育館へ入っていく金田一を見送って、は彼のドリンクボトルを拾い上げる。そんな彼女を見て、国見はとある事実に気付いてしまった。は、金田一と国見がこの場所で休憩していたことを知っていたのだ。ということは――。

「どうしたの、国見?戻らないの?」

首をコテンと傾けて尋ねるを前に、国見の頭の中には先ほど聞いてしまった会話がリピートされていた。何も答えない国見を不思議そうに見つめるだったが、やがて何かに気付いたように「あぁ、」と口を開いた。

「さっきの話は本当だから」

「さっきの話って…」

「私が国見のこと好きって話。ゆっくりでいいから、いつか返事聞かせてね?」

たった今、何もしないでおこうと決めたばかりだったのに。自分の考えを見透かされたようで、国見は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。頭上からクスクスと笑い声が聞こえて、視線だけを上げてみると、はほんのり頬を染めてこちらを見ていた。

「国見、すきだよ?」

「…タチわる」

憎まれ口を叩きながら、国見は心臓が早鐘を打っているを感じていた。金田一や先輩たちにからかわれるのは面倒だなと考えながらも、立ち上がった国見はの手首を掴んで体育館へと歩き出した。チラリとのぞき見ると、は先ほどよりも頬を赤くして俯いている。それをどうしようもなく可愛いと思ってしまった。

彼女はゆっくりでいいと言ったけれど、たぶん国見が肯定の返事をするのはそう遠くない。








              不純な動機