「納得がいかない!」

昼休みの教室で、好物の牛乳パンを食べ終えた袋をグシャグシャに丸めながら、及川が声を上げた。その視線の先には、キャアキャアと黄色い声の一団。いつもなら、その中心にいるのは及川なのだが、今は別の人間が女の子たちに囲まれている。

スラッとした長身、サラサラに靡く髪、切れ長の瞳は優しく細められ、ふっくらとした唇からは柔らかい声。その一挙一動に、周りを囲む女の子たちは頬を染め、ほうっと熱い吐息をはいた。

「なに、及川ってば嫉妬?」

楽しくて仕方がないといった風に笑みを浮かべて花巻が問うと、及川はぶすっとした表情のまま集団を睨みつける。ちなみに、松川は花巻と同じように及川をからかう態勢に入っているが、岩泉は興味なさそうに手元のバレー雑誌に視線を落としている。

「だって、ありえないデショ!なんで俺よりモテてんの!?」

悲痛な及川の訴えに、花巻と松川は耐えきれないとばかりに吹き出した。普通に聞けば醜い男の嫉妬だが、なにせ女の子たちの中心にいるのは列記とした女子なのだ。

彼女――は、女子にモテる女子だった。その容姿はずば抜けて整っており、空手で全国制覇も成し遂げる実力を持ち、全国模試では常に上位に名を連ねる。まさに非の打ちどころのない完璧人間。そして、ナンパで絡まれてた女子を颯爽と助けただとか、お嬢様学校に通う生徒に告白されただとか、バレンタインには紙袋3つ分のチョコレートを貰っただとか、嘘か真か分からないような武勇伝に溢れている。さらに女の子たちを虜にするのは、の天性の才能というべきか。

「あれ、シャンプー変えた?すっごくいい匂い」

「前髪切ったんだね。うん、かわいいよ」

「この間くれたクッキー、とても美味しかったよ。また作ってくれる?」

キラキラ輝く笑顔とともに紡がれる台詞は、程よい甘さを含んでいて、それが女の子たちを夢中にさせる。華のような笑顔を振りまいた後、はようやく女の子の集団から抜け出して、及川たちが囲む机へ戻ってきた。

「徹はなんで拗ねてんの?」

戻ってくるなり、は唇を尖らせた及川を見つけて首を傾げた。しかし、及川はの問いに答えることはせず、不機嫌そうに彼女を見るだけだ。どうやら答える気がないらしいと察したは、ニヤニヤと楽しそうな花巻と松川に視線を向けた。

「及川は嫉妬してんだよ」

「嫉妬?なんで?」

「そりゃ、お前が及川よりモテるからだろ。女の子のファン、みんな取られちゃったからな〜」

「ち、違うよ!」

松川の言葉を慌てて否定したのは、及川だった。不思議そうに見つめるに、及川は色々な感情をグッと飲み込んで、自身を落ち着かせるように息を吐く。視界の端で、岩泉が雑誌のページを捲るのが見えた。

「確かに嫉妬はしたけど、それはちゃんが俺より女の子を優先するからで…」

自分が恥ずかしいことを言っている自覚があるのか、及川の声はだんだんと小さくなった。そして一瞬の間があって、花巻と松川が遠慮なく盛大に笑い声を上げる。羞恥で赤くなった顔を隠すように、及川は「あー」とか「うー」とか唸り声を上げながら机に突っ伏した。そんな及川の頭に、がポンと手を乗せて優しい手つきで髪を梳く。及川がそれにチラリと顔を上げると、目を細めて笑うの姿が飛び込んできた。

「不安にさせてごめん。でも、私が一番好きなのは徹だから安心して?」

教室のど真ん中でそう言い切ったに、及川はもちろん、松川も花巻も、雑誌に集中していると思われた岩泉ですら顔を赤く染めた。成り行きを見守っていた女の子たちから、キャアと声が上がる。

「ほんと、って男前…」

やられたとばかりに顔を手で覆った花巻が呟くと、は相変わらずのキラキラ笑顔で「ありがとう」と返した。当の及川はというと、何か堪えるようにプルプルと肩を震わせている。

「徹?」

「あーもう!彼氏よりかっこいい彼女って、なんなのさ!」

赤い顔で叫ぶ及川に同意するように、周りの男三人が「本当にな」と頷く。その様子には不思議そうに首を傾げて、至極真面目に言った。

「徹の方がかっこいいと思うけど」

さらりと放たれた台詞に、今度こそ及川はノックダウン。当分、顔は上げられそうになかった。

「なんなの、もう…ちゃんは俺をころす気なの?」

「それは困る。私は、ずっと徹と一緒にいたい」

苦し紛れに呟いた台詞に返ってきた、とどめの一言。心臓がむず痒くって、及川は降ってきた優しい手をそのまま受け入れるしかなかった。その光景を見ながら、花巻と松川は互いに赤い頬を指摘して苦笑する。我関せずを貫いているように見えた岩泉も、その耳は赤く染まっていた。

熱をはらんだ教室に、窓から通り抜ける風が心地よい午後の出来事。








            ハイスペック彼女