「そういや国見、来週誕生日だよね?何が欲しい?」

金曜日の放課後、部活へ行く準備をしているところに、今日何曜日だっけ?とでも聞くような軽さでそう尋ねたに国見は冷めた目を向けた。その視線に、は「あれ、国見の誕生日3月25日であってるよね?」と見当違いな心配をして、金田一にこそこそと確認している。その様子に、国見は溜息をこぼした。

「普通、本人に何が欲しいかなんて聞かないだろ。ちょっとは考えるとかないわけ?」

「だって、どうせなら国見が欲しいものあげたいじゃん」

純粋に何が悪いのか分からないと首を傾げるに、国見はもう一度溜息をこぼした。確かに彼女の言うとおり、欲しいものを貰うのも嬉しいのだけれど、ほんの少しくらい頭を悩ませて欲しかったというのは贅沢だろうか。

「……じゃあ、月曜の放課後付き合ってよ。駅前に新しくできたカフェの塩キャラメルケーキがうまいらしい」

「了解した!じゃあ、部活がんばってね!」

そう言って、帰宅部のはひらひらと手を振って教室を出ていった。それを見送って、ようやくエナメルバッグを担いで立ち上がった国見は、待たせていた金田一が何やらニヤニヤしているのを見つけた。

「なんだよ、ニヤニヤして気持ちわりぃ」

「よかったな。月曜、とデートじゃん」

「……」

「がんばれよ、国見」

「…うるさい」

生暖かい目で国見の肩を叩いた金田一の手を跳ね除けて、国見は逃げるように教室を出る。後ろから「ちょ、待てよ!」なんて声が聞こえたけれど、赤くなっているだろう顔を見られるわけにはいかないから、それを無視して国見は金田一を置いて部活へと向かった。





◆ ◆ ◆




迎えた月曜日の放課後。目的のカフェは平日の夕方にしては混んでいたけれど、タイミングよく空いた窓際の席へと腰を下ろすことができた。すでに注文が決まっている国見は、向かい合せに座ったがメニューを捲るのをチラリと盗み見る。こうして彼女と二人で出掛けるなんて初めてだから、落ち着かない。

「国見と出掛けるって新鮮だよねー」

散々悩んだ末にフルーツタルトを注文したが、先に運ばれてきたアイスティーの氷をストローでつつきながら言った。たった今国見が考えていたことを見透かされたようでドキリとする。

「まぁ、部活あるし」

「頑張ってるもんね。コーチには怒られてたけど」

「え、見にきてたの?」

「うん。及川さんファンの友達に連行された」

よりによって、コーチに怒鳴られてるところを見られただなんて。格好悪いところを見られてむくれる国見に、がクスクス笑う。「笑うなよ」と言いかけたところで、「お待たせしました〜」と間延びした声がかかって、店員が塩キャラメルケーキとフルーツタルトを運んできた。

「では」

「?」

早速運ばれてきたケーキにフォークを入れようとすると、わざとらしい咳払いがそれを阻んだ。改まったように姿勢を正すに首を傾げると、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「国見、誕生日おめでとう!」

「…誕生日は明後日だけど。まぁ、ありがと」

この年になって誕生日を祝われるなんて、少し気恥ずかしさを感じる。小さく礼を言って、誤魔化すように塩キャラメルケーキを頬張った。甘じょっぱい風味が口いっぱいに広がる。自然と頬が緩んだのか、が「国見って、ほんと塩キャラメル好きだよね」と微笑んだ。

「はい、どーぞ」

「……何?」

「誕生日様にイチゴをプレゼント」

目の前に突き出されたのは、フォークに刺さったイチゴ。ニコニコ笑うとイチゴを見比べて、国見は一体どうすればいいのか分からなかった。いや、分かっているのだが、現実を受け入れられない。これは、所謂。

「ほら、あーんして?」

相変わらずニコニコと笑ってイチゴを突き出すは、自分が何をしているのか分かっているのだろうか。戸惑ったものの、差し出されたそれを拒否する理由は一つもないので、国見は大人しくイチゴを口に含んだ。独特の甘さと酸っぱさを味わいながらを見ると、彼女は満足そうに頷いてタルトを頬張った。

「なんか、デートみたいだね」

「俺はそのつもりだけど」

冗談っぽく笑ったに、思わずそう言ってしまった。高校生の男女が二人でカフェに来ていれば、それはデートと呼んで差し支えないだろう。きっと事情を知らない周囲の人間にだって、国見とは立派なデートに見えているはずだ。それなのに。

「デートだって浮かれてたのは俺だけ?」

ジッとを見つめると、彼女は目を大きく見開いて国見を見つめている。カラン、とアイスティーの氷が音を立てた。

「えっと…」

「鈍感な誰かさんは全然気づいてなかったけどさ、俺はずっと前からが好きなわけ」

「……っ」

あまりにもが国見を意識していないものだから、言うつもりはなかったのに言ってしまった。それも、こんな公共の場で。幸い、周りの客たちは自分たちのお喋りに夢中で、窓際の高校生の話なんて気にもしていないだろう。

「急にごめん。でも、「国見!」

顔を真っ赤に染めたが国見の言葉を遮った。割と大きな声だったので、近くにいた店員が何事かとこちらを窺っているが、はそんなことに気付く様子はない。潤んだ瞳を泳がせた後、小さく深呼吸をして国見を見つめる。

「……国見。その、また私とデートしてくれる?」

「は…?」

「だから、その…私も国見のこと「ちょっと待って」

言葉の続きは聞かなくても分かってしまった。どうやら“鈍感な誰かさん”は国見にも当てはまっていたらしい。赤くなる顔を隠すように口元に手をやって、不安そうにこちらを見るに呟いた。

「その続きさ…明後日に言ってくれない?」

指定されたその日が国見の誕生日当日だとすぐに気付いたは、照れたように笑って「了解した」と頷いた。顔を赤くしたまま、食べかけのケーキを頬張ってチラリとを見ると、彼女も同じようにこちらを見ている。目が合うと、どちらともなく視線を外した。きっと、周りには初々しいカップルに映っていることだろう。

3月25日――二人は友人という肩書を捨てて、新しい関係を始める。








            3月25日のロマンス