「すみませんでした!!」

部員たちに向かって深く頭を下げた。及川と和解(?)した後の朝練が終わって、私は部活を無断で休んでみんなに迷惑かけたことを謝罪した。誰も一言も発さないことに不安を感じながら、ゆっくりと頭を上げると及川と目が合って優しく微笑まれる。

「ったく、次はねーからな」

岩泉が仕方ないという風にそう言うと、それに続くように他のみんなも許してくれた。やっぱり、私はこの青城バレー部が好きだ。

「つーか、電話もメールも全部無視すんのは地味に傷つくからヤメテ」

「花巻はまだマシだろ。俺なんか同じクラスなのに無視だぜ?」

「ご、ごめん…」

花巻と松川に責められて、返す言葉もない私はただ謝るしかない。「これで許してやる」と花巻には額を小突かれて、松川には髪をグシャグシャにされたけれど、二人が笑っていてくれたから、私もホッとして笑い返した。本当、いい仲間に恵まれたと思う。

「ちょっと!マッキーも松つんもヒトの彼女に気安く触んないでよ!」

「「「は…?」」」

そこにやって来た及川が大声でとんでもない言葉を放った。ざわついていた体育館内が一瞬でシンとして突き刺さる視線が痛い。だけど、この場で一番混乱しているのは間違いなく私だ。“彼女”って、及川は一体何を言ってるんだろう?

「え、ってば結局及川とくっついたわけ?」

「いや…覚えがないんだけど」

「えぇ!?今朝、熱烈な告白してくれたじゃん!」

確かに私は及川を好きだと言ったし、事実そうだ。だけど、私は彼女になったつもりはないし、付き合うつもりもない。悲壮な顔をしている及川だけど、それは彼自身が言ったのだから。

「私、及川と付き合うつもりなんてないけど」

「なんで!?」

「なんでって…及川が言ったんでしょ?そういうの、部活に支障が出るって」

及川はそれを理由に私をマネージャーにしたのだから、忘れるわけもない。それに、全国大会出場に向けて一丸とならなくちゃいけない時期に恋だのなんだのに費やしている時間はないのだ。そんな時間があるなら、データの分析とか新しい戦術を考えた方が有意義に決まってる。そう言うと、及川は「でも、だって…!」などと往生際悪く呟いていたけれど、スルーしておく。

「いや、でもさ…それって、は及川が好きってことだよな?」

「……不本意ながら」

引き攣った声で尋ねた花巻に、私も仏頂面でそう答えた。信じられないという表情を見せる岩泉たちに肩をすくめてみせる。

「え、ってマゾ「違います」

「でもお前、あれだけ暴言吐かれて好きって絶対マゾ「だから違うって!」

「じゃあさ、及川のどこが好きなわけ?」

そう松川に聞かれて、うっと言葉に詰まる。花巻はもちろん、普段はこういうことにあまり興味を示さない岩泉でさえも私を見ていて、逃げられる雰囲気ではない。何より、及川自身が期待に満ちたような目で見てくるものだから、私は観念して口を開いた。

「……瞳、かな」

「瞳?」

「及川ってバレーにだけは真剣でしょ。で…そのときの瞳に惹かれたの」

結局のところ、どんなにひどい言葉を浴びせられても及川のあの瞳に惹かれたときから、私は彼を好きでいたのだろう。そして、その瞳を自分に向けられたと知ったら、もう逃げられなかった。バレーをしているときと同じあの真剣な眼差しで見つめられたら、それを疑うなんてできるはずもない。

「お前、何照れてんだよ…」

岩泉の言葉に及川を見れば、彼は見たこともないくらい顔を真っ赤にしていて、私と目が合うと両手で自身の顔を隠した。乙女か。呆れる私に及川は「あー」だの「うー」だの唸っていたけれど、急に手を離したかと思うとそのまま私の両肩を掴んでずいっと距離を詰めてきた。

!俺たち絶対全国行くから!だから、ちゃんと俺のこと好きでいてね!」

「っ!分かったから、離してよバカ!」

「うっ…!」

至近距離であの瞳で私を見つめる及川に耐えきれなくて、思わず膝蹴りを食らわせてしまった。うずくまる及川にちょっとだけ罪悪感を感じながらも、私は赤くなっているであろう顔を見られないようにするのに必死だ。だけど、そんな照れ隠しはバレバレだったようで、花巻がニヤニヤと私を見ている。

「照れてるって珍しいネ」

「っ、うるさいなぁ!ほら、さっさと着替えないとホームルーム遅れるよ!」

これ以上追及されたくなくて練習着のままだった彼らを急かしたのだけれど、時間が迫っているのは本当だ。私の言葉に「やべ!」と言いながら部室に走っていく部員たちを見送ったのだが、及川だけはそれに続くことなく、うずくまったまま体育館に残っている。チラリとそちらを見やると、及川もこちらを見上げていてバッチリ目が合って心臓が飛び跳ねた。

「及川も早く行きなよ」

「分かってる。でも、その前に一つだけお願いがあるんだ」

「なに?」





◆ ◆ ◆




ちゃん!」

控え室から試合会場に向かう途中、ドリンクを運んでいるちゃんを見つけて小走りで駆け寄った。振り返ったちゃんは最近ぐっと可愛くなった。それは惚れた欲目でも何でもなくて、岩ちゃんたちも頷いていたから、他の人から見てもそうなんだと思う。ただ、俺たちはお互いに好きだけど付き合ってはいないから、堂々と「俺の彼女です!」と牽制するわけにもいかなくて、他の男が寄りついたりしないかと心配で仕方がない。

唯一、俺だけに許された特権は名前で呼ぶこと。あの日、名前で呼びたいとお願いした俺にちゃんは顔を真っ赤にしながら頷いてくれた。今はそれで満足したフリをしている。本当は手を繋ぎたいし、身体を抱きしめたいし、キスだってしたい。

「それ、貸してよ」

「これは私の仕事だし、及川は今から試合なんだから余計な体力使わないで」

彼女の持つドリンクを運ぼうと手を伸ばしたけれど、きっぱりと断られてしまった。でも、こういうところが好きだなぁと思う。甘えてほしいという気持ちもあるけれど、責任感が強くて媚びたりしないところが彼女の美点だ。

ちゃん。俺がんばるからさ、ちゃんと見ててね」

「………」

試合前に彼女の激励が欲しくてそう言ってみたら、ちゃんは呆れたような目で俺を見つめてきた。あれ、そこは笑顔で「がんばって」じゃないの?ちゃんは、バレーしてるときの俺が好きだって言ってくれたはずなのに。でも、あの熱烈な告白以降、ちゃんから好きだなんて言われたことないかも…ちょっと不安になってきた。

ちゃんはというと、無言のままキョロキョロと周りを見渡している。既に始まっている試合もあるから、会場に続く廊下にはそれほど人通りは多くないけれど、誰かを探しているのだろうか。不思議に思って彼女の様子を眺めていると、ちゃんは何かを決心したかのように周りに向けていた目を俺に向けた。

「及川、かがんで」

「へ?」

「いいから早く!」

急にかがめと言われて首を傾げる俺に、ちゃんが強い調子でそう言うものだから、とりあえず彼女の要望どおりに膝を折ってかがんだ。そして、ちゃんが俺にグッと近づいてきた次の瞬間――。

「……え」

思わず間抜けな声を上げてしまった。だって今、俺が夢を見てるわけじゃないなら、ちゃんの唇が俺の頬に…!驚いて大した反応もできずにちゃんを見ると、彼女は俺と目が合った瞬間に背中を向けて歩き出してしまった。だけど、真っ赤な耳が丸見えだし、頬に触れた感触だって残ってる。

ちゃん!今、ほっぺにチュー!!」

「ちょ、声が大きい!!」

さすがに試合前だからか得意の膝蹴りは飛んでこなかったけれど、目を吊り上げたちゃんに大人しく口を紡ぐ。まぁ、本人は怒ってるつもりなんだろうけど、真っ赤な顔で涙目で睨まれても怖くない。むしろ、

「顔、ゆるみすぎ」

「だって、嬉しいんだもん!」

「男が“だもん”とか言わないでよ」

憎まれ口だって、ただの照れ隠しだって分かってる。ニコニコと笑う俺にちゃんは深い溜息をついて、会場へと歩き出した。俺は浮かれた気分でその斜め後ろをついていく。あと一歩で会場の扉というところでちゃんは足を止めて、くるりと俺に振り返った。

「……ちゃんと見てるから、がんばって」

それだけ言って、ちゃんは俺を残したまま扉を開けて先に会場に入ってしまった。小さな呟きが俺の心臓をうるさくさせる。まったく、ちゃんには敵わない。たった一言で俺をこんなにも奮い立たせてくれるのだから。

「俄然、無敵な気分」

見事勝利したら、ご褒美にもう一度キスをねだってみようか。きっと照れて怒って、だけど俺の好きな暖かい笑顔で「おめでとう」と言ってくれるのだろう。自然と上がった口角をそのままに、俺も舞台へと足を踏み入れた。








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