そんなつもりはなかったのだけれど、思わず頷いてしまった。だって、心臓が音を立ててしまったから。



「俺、彼女できた」

放課後、ざわついた部室でポツリと放たれた一言。練習着に着替えている最中だった金田一は、ワイシャツに手をかけたまま国見を見つめてしばし停止した。当の国見は金田一の視線を受け流して淡々と着替えを進めていく。

「え、彼女って…相手は誰だよ?」

自分から言った割に続きを話す気配がない国見に、金田一が痺れを切らして尋ねた。国見がその整った外見とクールな性格から結構モテることは知っているが、面倒くさがりな彼は告白されても断り続けていたし、特別好きな相手もいなかったはずだ。そんな国見に彼女ができたとなると、気になるのはその相手である。

「あー…って知ってるよな?」

「そりゃ知ってるよ。え、彼女ってかよ」

「うん」

国見のいう彼女――は、国見や金田一と同じ北川第一中学出身だから、彼女のことは多少なりとも知っている。一言で表すならば平凡。見た目も性格も普通で、いい意味でも悪い意味でも目立つ存在ではなかった。

中学三年のとき、国見と金田一はと同じクラスだったが、ただのクラスメイトとして一年間を終えたと記憶している。きっと、話をしたのなんて片手で数えられる程度だ。そんなが国見の彼女になったという。二人の間に元クラスメイト以上の接点を見つけられなくて、金田一は首を捻った。

「どっちから告ったワケ?」

「向こう」

「あーやっぱり」

告白はから。それは予想どおりだけど、国見がOKしたのが何より意外だった。そこを詳しく追及しようと国見を見やると、彼はすでに着替えを終えてロッカーの扉を閉じたところだった。金田一は思わぬ話題に止まっていた手を慌てて動かしてTシャツを頭から被ると、乱雑に荷物をロッカーに突っ込んで、部室を出ていく国見を小走りで追った。

「国見ってのこと好きだったんだな」

「いや、別に普通」

「じゃあ、何でOKしたんだよ?」

きっと金田一が知らないところで国見とには何か接点があって、お互いに好意を持っていて、だから二人は付き合うことになったんだと思った。だけど、国見がを特別に好きなわけではないというのなら、告白を受けた理由がさっぱり分からない。これまでの経緯や彼の性格から、国見が“なんとなく”で恋人を作るとも思えなかった。

「金田一さ、キュンとしたことある?」

「はぁ?」

およそ国見には似つかわしくない単語に、金田一はポカンとした。クラスの女子たちの会話の中で聞いたような気はするが、“キュン”なんて単語を男友達から聞くことになるとは。怪訝な顔で見つめる金田一に、国見は至極真面目な顔で話を続ける。

「本当は断るつもりだったんだよ。でも、緊張して震えながら必死に俺のこと好きだって伝えてくるの見てたら、キュンとした」

「それでOKしたのか」

「まぁな。それに、笑った顔は可愛いって思ったし」

「ふぅん…」

辿りついた体育館でシューズに履き替える背中に「とりあえずオメデト」と声を掛けると、国見は照れ隠しのように金田一を睨んで「及川さんには言うなよ。面倒だから」と呟いた。





◆ ◆ ◆




が可愛すぎるんだけど、どうしたらいいと思う?」

昼休み、キャラメルラテを飲んでいた国見がそんなことを言い出したので、金田一はまたかと溜め息をついた。国見がと付き合い始めて数週間。初めのうちは特に変化もなかったのだが、一週間を過ぎた頃から国見の言動に違和感が出始めた。

外見も性格も平凡だと思っていただが、国見によると仕草や表情がツボらしく、それをいちいち金田一に報告してくるのだ。国見が幸せそうなのは結構なのだが、毎度惚気に付き合わされる金田一はいい加減にうんざりしてきている。正直、今の国見は及川並に面倒くさい。

「昨日、部活なかったし一緒に帰ったんだけどさ。そしたら、制服デートとか言って子供みたいに喜ぶし、手繋いだら顔真っ赤にするし。それで、別れ際になったら手離したくないとか可愛いコト言うんだよ」

「へぇ…」

一応相槌は打つものの、国見の話はほとんど右から左に聞き流す。それを気にした様子もなく淡々と話し続ける国見をぼんやりと見つめながら、金田一はこんな国見の姿を見ることになるとは思いもしなかったと改めて思う。基本的に無気力で面倒くさがりで、バレーですらサボり魔を発揮する国見を虜にしているに少しだけ興味が湧いた。

ふと、廊下を歩く女子グループの中に件のがいるのを見つけた。友人らと談笑しながら歩く姿は、やはり特別目を引く存在ではない。そんなことを考えながら彼女を見ていたら、不意にがこちらに顔を向けた。そして、金田一の向かいにいる国見を見つけた瞬間に頬を赤く染めて緩く微笑んだのだ。その瞬間を見てしまった金田一は、なんとなく国見の言いたいことが分かったような気がした。

「あ、

そんな金田一の視線で気付いたのか、国見も廊下を歩くを見つけたようだ。国見と目が合ったらしい彼女は、周りに気付かれないように小さく国見に手を振っている。国見がそれに応えるように軽く手を上げると、は嬉しそうに笑って、そのまま友人らと教室の前を通り過ぎていった。

「あーもう…なに、あの可愛い生き物」

の姿が見えなくなると、国見がそう呟いて机に突っ伏した。黒髪から覗く国見の耳も真っ赤に染まっているが、甘酸っぱい青春の1ページを目の当たりにした金田一もまた思わず赤面してしまう。

「国見が言ってたキュンとしたっての、ちょっと分かった気がする」

「おい、惚れんなよ。アイツ俺のだから」

「ちげーよ、そんなんじゃないから!」

冗談交じりで言った言葉に、部活中でも滅多に見られない本気モードの国見がそう言ったものだから、金田一は焦ったように首を振る。確かに先ほどのの仕草には不覚にも心臓が跳ねてしまったけれど、別に好きになったとかではないし、そもそも友達の彼女に手を出そうなんて考えもしていない。

「でも、お前が大変そうなのは分かったからさ、話くらいならいつでも聞いてやるよ」

これからはもう少し真剣に彼の惚気話に付き合ってやろうと、金田一は国見の肩を叩いて笑ってみせた。に振り回されている国見が面白いとか思ってない。いや、ちょっと面白いけど。そんな金田一の思いを知ってか知らずか、国見は「よろしく」とだけ呟いた。一人では“キュン”には太刀打ちできないらしい。





「なぁ、俺そのうちにキュン死にさせられるんじゃないかと思うんだけどどうしよう」

「あーもう!勝手にキュン死にでもなんでもしてろ!」

「話聞いてやるって言っただろ」

「前言撤回!!」

朝っぱらから、真剣に馬鹿げた悩み相談を持ちだした国見に思わず声を荒げる。日に日に濃度を増していく惚気話に金田一が白旗を揚げる日は、すぐそこかもしれない。








                 キュン。