昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に生徒達のざわめきが大きくなる。うんと伸びをして教室の扉へ目をやると、学食や売店へ繰り出す者たちが教室を出ていく中、国見くんもゆっくりとその波に呑まれていくのが見えた。ただし、彼の行先は学食でも売店でもなく、職員室だけれど。
授業中に沈没してしまった国見くんは、罰として授業で使った教材を職員室まで運ぶという面倒くさい役割を与えられてしまったのだ。ちなみに、私は授業中に船を漕ぐ国見くんを見つめるのと、後で彼に見せるノートをとるのに忙しく、どんなに退屈な授業でも眠気に襲われることはない。眠気と必死に戦う国見くんといったら、本当にかわいいんだから。
「さて、と!」
鼻唄交じりに机の横にかけておいたバッグから大きめのタッパーを3つ取り出した。付き合ってるからといって、私と国見くんは毎日一緒にお昼を食べるわけではない。私にも女の子の友達がいるし、国見くんだってクラスの男の子たちや部活の先輩たちと食べることもあるから、一緒に食べるのは週2回くらいだ。一緒に食べれる日は私がお弁当を作ることにしているのだけれど、国見くんは運動部男子らしく結構な量を食べるから、私の分も含めてお弁当はタッパー3つ分と決まっている。
「お、今日も豪勢だな〜」
「腕によりをかけて作りましたから!」
自分のお弁当を持ってやって来たのは金田一勇太郎。中学校から付き合いのある金田一は、私と国見くんのお昼タイムにちょくちょく参加している。二人っきりで食べるのもいいけど、金田一がいると国見くんに色んな表情が増えるから、私も金田一が一緒に食べることに不満はない。
「あ、国見くん!」
ようやく職員室から戻って来た国見くんは、お腹をさすりながら「腹減った…」と呟いた。いつもの席に着いたのを見計らって、国見くん専用のお箸を渡すと「いただきます」と軽く手を合わせて早速唐揚げをつまむ。
「どう?おいしい?」
国見くんが口に入れた唐揚げを咀嚼するのを見つめながら、ジッと感想を待つ。何度も手料理を食べてもらったことはあるし、これまで不味いなんて言われたことはないけれど、やっぱりこの瞬間は毎度緊張してしまう。口の中のものをゴクンと飲み込んで、国見くんはおにぎりに手を伸ばしながら言った。
「これ、いつもと味付け違う?」
「うん、ちょっと隠し味変えてみたんだけど」
「今までのも美味かったけど、俺こっちのが好き」
「よかった!」
その感想に心の中でガッツポーズをして、私もお弁当を食べることにする。国見くんと金田一がバレーのことを話すのを聞きながら、ゆっくりと食事をすすめる。相変わらず綺麗な箸裁きでお弁当を平らげていく国見くんが満足そうに息をついた頃には、3つのタッパーはほとんど空になっていた。
「、お前ちゃんと食べてる?ほとんど俺が食べた気がするんだけど」
正直、国見くんが食べてるところを見てるだけで胸いっぱい、お腹いっぱいなので、確かに私の箸はさほど進んでなかったかもしれない。曖昧に笑ってみせると、国見くんはまだ残っていた卵焼きをつまんで私の口元に運んだ。
「ほら食え」
「っ、イタダキマス」
ぱくりとそれを口に入れて卵焼きの甘さを噛み締めていると、国見くんはすでに次のおかずをつまんでスタンバイしている。そうやって残りのお弁当を私に食べさせ終えると、ようやく国見くんは箸を置いた。
「今更だけど、お前らって本当俺のこと空気扱いだよなー…」
その様子を見守っていた金田一が頬杖をつきながら、呆れたように言った。国見くんが教室で堂々と私にお弁当を食べさせたことを言っているのだろうが、それを見られるのは初めてじゃない。そりゃ最初は恥ずかしかったけれど、何度も見られているうちに、金田一の前で“あ〜ん”することに抵抗なんてなくなってしまったのだから仕方ない。
「そんなことないって。その証拠に!」
そう言って勿体つけて取り出したのは、先程よりも小さなタッパー。蓋を開ければ、卵色のふわふわしたシフォンケーキが詰まっている。今日のデザートにと昨夜焼いたものだ。
「ちゃん特製の塩キャラメルシフォンケーキです。ほら、ちゃんと金田一の分もあるよ」
「うまそう…食べていい?」
「もちろん!」
塩キャラメルに目がない国見くんは、たった今お弁当を平らげたばかりだというのに、そわそわとシフォンケーキに手を伸ばした。嬉しそうにそれを頬張る国見くんが見れたら、私はもう満足です。
「そういう意味じゃねーんだけど…まぁ、いっか」
金田一は何やらブツブツ言っていたけれど、最終的には目の前に出されたシフォンケーキに勝てなかったらしく、大人しくデザートを食べ始めた。結局、国見くんと金田一は二人仲良くシフォンケーキを平らげ、行儀よく手を合わせて声を揃えた。
「「ごちそうさまでした」」
すっかり空っぽになったタッパーが私の心を満たしてくれる。さぁ、次は何を作ろうか。
満腹少女